日々のあれやこれを好きなように綴っています。

ただひたすらに・・・。

ヤフーブログからきました。

大学やめたい。

前回の記事の続きです↓

「大学に行く意味」このことについて考えるようになったのは、大学2年になった頃。
周りに何人か大学中退者が出てきた頃で、正直彼らのことがうらやましいと思った。
前述したとおり、一度高校をやめる決意をしたものの、進学の道からはずれることなく歩き続ける私からすると、「道からはずれる」ことを選択した人は勇気があってかっこよく映った。

「大学に行く意味」は何だろうか。
大学に行くよりバイトに行く方が楽しい。
大学の友達と話すより、バイト先の先輩やパートさんと話す方が楽しい。
他の友達は研究会やサークルに参加していたが、私は、必要なお金は基本的には自分で稼いだお金から出さないといけないし、月2万は学費として親に渡さないといけなかったので、バイトをするしかなかった。
大学祭などのイベントに参加することもない、単位のために行くだけ。
つまらない、やめたい。
そう思うようになった。

そんな時に、ある先生の授業に潜ることにした。
1年生の時に必修の授業でお世話になった学科の先生なのだが、教養科目の授業も受け持っていて個人的に気になっていた。しかし、単位の関係上、授業登録ができなかった。
先生の教養科目は「日本史」で、受けてみると90分があっという間に過ぎてしまった。
「暗記の日本史」ではなく、「史実に考える日本史」について授業をされていた。
毎回出るつもりはなかったのに、いつの間にか15回出席していた。(大学の授業は、全15回)

私はこの授業で、深く考える、追及する楽しみを知った。
この授業がきっかけで、先生のゼミに入ることになり、今に至る。

「大学に行く意味」は、人それぞれ違うと思う。

私は、大学にいる間に色々な世代、立場の人とお話する機会があって、その度に自分の知らないことをたくさん吸収することができたので、大学4年間は無駄ではなかったなと思う。
また、こうして一つの事象について、掘り下げて考えるようになれたのも、大学で先生の授業を受けたおかげだなと思う。

これが、「大学に行ってどうだった。」という質問に対する答え。